不世出の武術家 佐川幸義 透明な力より

人間である限りたとえいかなる段階に達しようとも、 決して完成ということはあり得ない

佐川幸義先生の語録

「人間である限りたとえいかなる段階に達しようとも、
決して完成ということはあり得ないのだから、現状に満足することなく、常に向上を続けよ。」

「もし、満足してしてそこで止まったら、それは何の価値もない。」

「そして、向上のもとになるのは、心である。
とくに武術に於いては強い精神力が不可欠である。
最後は魂と魂の戦いなのだ。

ただ注意しなければならないのは
何事についても

心は技術を通して生きてくるという点であり、
技術なくして心の作用だけでやることとは決してできないということである。」

ずっと、成功を追い求めてきた。成功とは何かと、ずっと考えてきた。
たくさんの本を読み、たくさんの話を聞いたけど、
どの答えも、腑に落ちなかった。

なぜか。

「成功とは、ただの言葉でしかないからある。」
たくさんの本を読み、たくさんの話を聞いたけど、それらは、すべて他人にとって
話し手が、自分の中で、定義をした成功でしかない。

僕が、自分自身で成功として、定義したものではないから、である。

だから、「成功それ自体は、存在しない。」まやかしである。
「成功とは、ただの自己満足」である。

「成功それ自体には、価値がない。」

人間は、生きている。
生きているとは、動いている。活動しているということである。

死んでいる人間は、動かない。
だから、満足して立ち止まった人間は、死を待つだけでの存在になると思う。

しかし、向上を続けるということは、とても辛い。

そこには、強い精神力。
「今、現在の自分に勝つ」という強い魂が、必要になる。

強い魂は、魂の器である肉体が、強く無ければ生まれてこない。

肉体の鍛錬を通して、精神を強くし、
「今の自分に勝つ」という精神の鍛錬を通じて、
魂を強くする。

そして、強い肉体と精神は、知識と経験を伴って、知恵となり、
肉体に強い精神力と強い信念によって、現実に対して、
初めて、影響を与えることができる。

強い精神と強い信念だけでは、何も起こらない。
ただの一人よがりの思い込みにしかならない。

社会にとって、無価値でしかない。

運動によって、体を鍛錬し、
学問によって、精神を鍛錬し、
それらの経験も含め、その他すべての経験によって、魂を磨く。

そして、これを生涯続けること。
そのプロセスこそが、生きるということである。

超一流を目指すもののみの厳しい生き方である。
この言葉は、そういう意味だと思っている。

佐川幸義先生について

僕の尊敬する人で、佐川幸義先生という方がいらっしゃる。

大東流合気柔術という流派の先生で、

もう、15年以上前に亡くなられている。
92歳であった。

先生には、直接お会いしたことは無いが、
その直弟子だった方に、短い間だったが大東流を習っていた。

なぜ、その先生を尊敬しているかというと
真の武術家だからである。

武道家では無い。武術家である。

武道家と武術家の違いは、
「道」を志すか
「術」を志すかの違いである。

「道」とは、「心」
武を通して、「心」を磨き上げる。
だから、肉体的な強さを求めるが、それよりも「心」が優先する。

「術」は、「技」
武を通して、術を磨き、物理的な強さを求める。
ごまかしが効かない。
強いか弱いかで、自分を判断する。

道の場合は、目に見える形で、「強さ」を証明する必要が無いから
いくらでも、ごまかしができる。

しかし、「術」は、向い合って戦った結果の「強さ」なので
ごまかしが効かない。

佐川先生が、どのくらい強かったかというと
85歳にして、直弟子5人がかりでも、触れることもできないレベルだった。

ちなみに、直弟子は、奥伝4段とかの実力である。

ここの道場の弟子は、通常の2段か初段で、
普通の道場にいる師範を子供扱いできる。

奥伝とは、通常の段位の上の位の段位で、
奥伝の人は、2段を子供扱いできる。

道場に来ている幹部は、皆、「合気」に憧れ
生涯を掛けて、他のすべてを捨て、
自分のすべてを掛けて、「合気」掴むため、10年、20年と鍛錬していた。

そんな集まりだった。

僕が、佐川先生を尊敬するのは、
92歳の無くなる前日まで、鍛錬を続られ、進化し続けられたということであり、
一切の誤魔化しをせずに、自身の体で、技として、それを体現していることである。

その結果、恐らくは、歴史上最高レベルの技を体現された。
天才が、死ぬ直前まで、戦い続け、進化し続けた稀有な例である。

今後、継続的に、先生の遺された言葉に触れていくが
ここで、一つ僕の心に強く残っている言葉を挙げておく。

「人生、70歳からが、仕事がはかどる。
40.50までは、色々と考える事が多く一つのことに集中できなかったが
70歳を超えると、余計なことが無くなり、肉体も充実しているので
技が飛躍的に進歩した。」

とおっしゃていた。

現代の超人である。