心の置き方、心構え

体と脳は、繋がっている。運動と勉強の重要性

「人間にとって体を動かすということの本当の重要性は、まだほとんどの人が気づいていない大切なことだと思う。特に頭脳にとって体が重要だということを認識すべきである。頭脳も体の一部であり、体全体が弱まると、頭脳も弱ってしまうのである。大東流合気柔術 佐川幸義先生」

 

当たり前のことだけど、普段は、結構、忘れていることだと思う。

勉強をしていれば、頭が良くなるかというと、良くならないし、運動だけしていても頭は良くならない。

生活を楽しんでいるだけでも、頭は良くならない。

僕達の生み出すすべてのモノは、すべて体を使って、創った結果できているし、

脳は、人間の体の中に存在する体の一部だから、心臓や肝臓、腎臓などの体にとっての重要な臓器が弱くなり、体全体が弱くなれば、脳も弱くなるし、体と脳が弱くなれば、心も弱くなってくる。

よく考えれば、当たり前のことだと気がつくと思う。

体が弱くなれば、休息に必要な時間も増えて、考える時間も少なくなるし、集中力も減ってくる。

 

活動できる時間が少なくなれば、アウトプットの量が少なるから、同じ条件なら、他の人よりも結果が出づらくなる。

逆に、脳が弱くなってくれば、同じことがいえる。

寿命に関して言えば、

例えば、車椅子で生活している人は、健常者より、2割、3割と寿命が短くなる。なぜかと言うと、足が動かないから、ふくらはぎが動かなくなって、血液が循環しなくなる。その結果、足に血液の汚れが溜まって、内蔵に余分な負荷が掛かるから。

また、脳に障害のある人の寿命も、健常者よりも短くなる。

体と脳をバランス良く鍛えること。

運動だけでもダメだし、勉強だけでもダメ。

人間として、成長し、進化するためには、

健康を維持し、体を強くする。脳を強くする。そして、心を強くしていく。

何歳からでも、継続した運動と勉強は、始めるべきだと思うけど、

歳を取るごとに段々と難しくなってくるし、効果も出づらくなってくる。

だから、できる限り、人生の早い段階から、はじめて、生涯の習慣にすべきだと思っている。

 

「歩く姿が武である。」を 英語の「be」を使って説明してみた

僕が、大切に考えている概念に
「 be 」 という概念がある。

be とは、英語の動詞の原形である
「 be 」のことである。

日本語訳をできない単語で、イメージで説明すると
「存在」を表している。

英語での説明が間違っていたら、申し訳ないが

「be」を状態順に並べると
「being」「become」「do」「doing」 がある。

そして、何かのなりたい自分に向かって努力をして、目指しているときに

doing とは、今現在、なりたい自分に向かって、「意識的に」取り組んでいる状態
do は、doing の過去の状態
become は、「do」をひたすらやり続け、なりたい自分に「意識的に」なった状態
being は、「become」の状態を「意識的に維持して」続いている状態
be  「意識的をしないで」なりたい自分そのものの存在

僕の尊敬する武道家に、塩田剛三先生がいらっしゃる。
72歳で亡くなられてしまったが、
実践合気道、養神館の館長であり、本物の武道家であった。

この方が、仰っていたことのひとつに

「歩く姿が武である。」
という言葉がある。

この言葉は、稽古以外の日常生活の中でも、
「武道的に歩きましょう。」とか「武道的な動きを意識しましょう。」とか
「常に武道的な考え方をしましょう。」など
そんな簡単な言葉では無く。

自分自身の「存在そのものが、武道家」である。
と僕は、解釈をしている。

存在、そのものが「武道家」であるということは、
すなわち、「歩けば即、武道」であり、隙がなく。
食事をしているときも「武道」であり、隙がなく。
寝ている時も「武道」であり、隙がない。

意識しているときは、「武道家」であり、
無意識のときは、「武道家」ではない。
ということではない。

呼吸、所作、心構え、考え方、生き方などすべてが「武道家」として、存在している。

分類上は、「人間」としての存在ではなく、存在そのものが「武道家」に変化している。
だから、意識していても、無意識でも、「武」である。

変な例えかも、しれないが
生きていようが、死んでいようが、どんな状態でも

猫は、猫であり
犬は、犬であり、
ライオンは、ライオンである。

猫は、犬にはなれないし、犬は、ライオンにはなれない。

もう一つ、例を出すと。
結婚をして、子供ができる。
そうすると、「父親」「母親」になる。

そのとき、

意識しているときも「父親」「母親」であり、
無意識のときも、「父親」「母親」である。

起きているときも、「父親」「母親」であり、
寝ているときも、「父親」「母親」である。

自分の状態に関係なく「父親」「母親」 である。

これが、僕が説明したい「be」という状態であり、存在の説明である。

そして、
「達人」「名人」「超一流」を定義すると「be」であると考えている。

一つのこと以上は、「be」にはなれないし、一生を掛けても
「be」に到達出来る人は、ごく僅かだと思う。

そして、こんなことを書いていて、情けない話だが、
自分自身が、まだ、本当に何になりたいのか決まっていないし、分からない。

ただ、「be」という概念があり、
何になりたいのかを決めたときに「be」という存在を目指したいし、
なりたいと考えている。

「できることをやる」ではなく「やらなければならないことをやる}

経営者になれる可能性

経営者と社員の心構えの中での、違いの一つが、

社員マインドは、自分が「できることをやる」

経営者マインドは、「やらなければならないことをやる」

一見、同じことをいっているようだが、天と地の開きがある。

「できることやる」とは、
自分の「今のスキルの範囲と、できそうな範囲」ならやります。
ということ。

逆をいうと、「できないこと。できそうにないこと。やっとことがないこと。」は、やりません。
ということ。

「やらなければならないことをやる」とは、
「できないけど、必要ならなんとかやる。やったことがないこともやる。」
ということ。

この考え方の違いは、「義務」と「責任」からきていると思う。
責任とは、
「義務を果たすことを負うこと。」である。

「出来ることをやる」とは、
出来る範囲については、責任をとるが、出来ない範囲については、
責任をとらない。

出来る範囲まででしか、義務を負わない。

「やらなければならないことをやる」とは、
できる範囲については、当然、責任をとり、
さらに出来ない範囲についても
「やらなければならない」義務が発生してる限りは、
責任をとる。

できない範囲についても、義務を負う

ということ。

心構えの違いは、行動と物事への取り組み方にあらわれる。

社員マインドは、責任と自己で、あれば、
自分ができる範囲であれば、責任を優先するかもしれないが、
出来ない範囲になれば、責任より自己を優先する。

経営者マインドは、責任と自己で、あれば、常に責任を優先する。
自己を捨てでもある。
この順位が入れ替わることはない。

会社を運営していくと、いろんな出来事が起こってくる。
この中には、出来ることよりも、出来ないことや、やったことがないことの方が多い。
また、誰もがやりたがらない。地面を這うようなこともでてくる。

そして、これらは、義務として起こってくる。

当然、出来ないことや、誰もやりたがらないことをやっているのだから、上手にできないし、格好良くできないし、恥ずかしい思いもする。

出来ないこともやる。
やりたくないこともやる。
恥ずかしい思ってもやる。

これらを受け入れられるかどうか、
そして、どのようなレベルで受け入れていくかどうか。

どちらのマインドでいるかは、個人の自由だが、
これが、大きな違いをもたらす
ひとつの資質だと僕は考える。

佐川幸義先生について

僕の尊敬する人で、佐川幸義先生という方がいらっしゃる。

大東流合気柔術という流派の先生で、

もう、15年以上前に亡くなられている。
92歳であった。

先生には、直接お会いしたことは無いが、
その直弟子だった方に、短い間だったが大東流を習っていた。

なぜ、その先生を尊敬しているかというと
真の武術家だからである。

武道家では無い。武術家である。

武道家と武術家の違いは、
「道」を志すか
「術」を志すかの違いである。

「道」とは、「心」
武を通して、「心」を磨き上げる。
だから、肉体的な強さを求めるが、それよりも「心」が優先する。

「術」は、「技」
武を通して、術を磨き、物理的な強さを求める。
ごまかしが効かない。
強いか弱いかで、自分を判断する。

道の場合は、目に見える形で、「強さ」を証明する必要が無いから
いくらでも、ごまかしができる。

しかし、「術」は、向い合って戦った結果の「強さ」なので
ごまかしが効かない。

佐川先生が、どのくらい強かったかというと
85歳にして、直弟子5人がかりでも、触れることもできないレベルだった。

ちなみに、直弟子は、奥伝4段とかの実力である。

ここの道場の弟子は、通常の2段か初段で、
普通の道場にいる師範を子供扱いできる。

奥伝とは、通常の段位の上の位の段位で、
奥伝の人は、2段を子供扱いできる。

道場に来ている幹部は、皆、「合気」に憧れ
生涯を掛けて、他のすべてを捨て、
自分のすべてを掛けて、「合気」掴むため、10年、20年と鍛錬していた。

そんな集まりだった。

僕が、佐川先生を尊敬するのは、
92歳の無くなる前日まで、鍛錬を続られ、進化し続けられたということであり、
一切の誤魔化しをせずに、自身の体で、技として、それを体現していることである。

その結果、恐らくは、歴史上最高レベルの技を体現された。
天才が、死ぬ直前まで、戦い続け、進化し続けた稀有な例である。

今後、継続的に、先生の遺された言葉に触れていくが
ここで、一つ僕の心に強く残っている言葉を挙げておく。

「人生、70歳からが、仕事がはかどる。
40.50までは、色々と考える事が多く一つのことに集中できなかったが
70歳を超えると、余計なことが無くなり、肉体も充実しているので
技が飛躍的に進歩した。」

とおっしゃていた。

現代の超人である。

6つの投資と優先順位について

投資については、6つの種類があります。
リターンの大きい順に並べると、次のとおりです。

 自己投資
 人脈投資
 ビジネス投資
 不動産投資
 株式投資
 寄付投資

また、ここでの投資とは、
金銭的な投資と
自分の時間的な投資を合わせて
投資と呼びます。

自己投資は、自分自身の勉強や経験に対するなります。
投資効率は、0%から無限です。
投資に対するリターンの期間は、翌日すぐに出る場合もあれば
何年も掛かる場合もあります。
効果の持続期間は、一生です。

人脈投資は、人間関係をつくり、維持するための投資です。
人脈とは、友達、メンター、アドバイザー、親、兄弟、妻、子供、愛人です。
投資効率は、マイナス値から無限です。
投資に対するリターンの発生開始時期は、翌日すぐに出る場合もあれば
何年、何十年も掛かる場合もあります。
効果の持続期間は、数日から、一生です。

ビジネス投資は、自分自身で運営するビジネスや新しいビジネスに対する投資です。
投資効率は、マイナス値から、数千、数万%です。
投資に対するリターンの発生開始時期は、最短で、半年から数年、掛かる場合もあります。
効果の持続期間は、数年から、40年程度です。

不動産投資は、土地や建物の購入と運用に係る投資です。
投資効率は、マイナス値から、最大でも、数百%でしょう。
投資に対するリターンの発生開始期時期は、最短で、5年から10年、掛かる場合もあります。
効果の持続期間は、5年から、50年程度です。

株式投資は、公開株や非公開株に対する投資です。
投資効率は、マイナス値から、最大でも、数百%でしょう。
投資に対するリターンの発生開始時期は、最短で、数ヶ月から数年、掛かる場合もあります。
効果の持続期間は、数ヶ月から、30年程度です。

寄付投資については、人や社会に対する無償の社会貢献に対する投資で
ユニセフや赤十字、学校や財団、東日本大震災に対する寄付に
なります。
投資効率は、0%から、無限になります。
投資に対するリターンの発生開始時期は、最短で、20年から、100年掛かる場合もあります。
効果の持続期間は、50年から、数百年単位です。

最初に手を付けるべきは、自己投資。
次に、人脈投資でしょう。

良く、人脈投資から手を付ける人がいますがこれは、誤りだと思います。

まず、自分自身の価値を上げること。そして、価値を上げ続けること。
ステージを上げることです。

自分自身が価値の無い人間なら、
お互いが与え合う関係になれないため
関係を作っても維持することができません。

また、価値を上げ続けなければ
高いステージの人たちとの付き合いは生まれません。

そして、どこまで自分自身の価値とステージを上げるから
自分自身のライフスタイルや人生の目的によって変わってきます。